語源から省みる事物の概念とその再考察を主題として作品を制作。同時に音の物理現象に関する美術作品の制作/パフォーマンスも行う。代表作に「organ」の語源からその原義である「機関・器官」としてオルガンを省みた『Each Organ』(2002年)、本の語源としてのブナの木を元に情報の記録・運搬について扱った作品『Epidermis of Beech』などがある。近年は、干渉音の複雑な分布とモアレ共鳴に着目した作品『100 Keyboards』で、「メルボルン国際芸術祭」、「シンガポール国際芸術祭」、「ベルファスト国際芸術祭」、など海外のアート・フェスティバルから多数の招待を受け展示/パフォーマンスを行い、米ニューヨークの名門・BAM(ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック)からの招待を受け、全公演ソールドアウトとなる単独公演を成功させた。並行した音楽制作では、10代の頃から東京の実験音楽/即興/音響シーンに関わり、様々なアコースティック楽器やPCベースによる作曲作品から即興演奏まで行いつつ、録音作品では毎回多岐に渡るコンセプトながらも一貫した作品制作を行う。これまで海外25カ国以上で演奏/展示、CDやレコードなどをリリース。
2002年結成。インターネットのバンドメンバー募集サイトで知り合った伊達伯欣と畠山地平は、吉野家で高柳昌行と阿部薫について語り合うのであった。それは今から振り返ると、「そのようになりたい」ということだったのかもしれない。しかし、現実は全く逆の方向に進んでいくのであった。吉野家を後にした二人は、早速地下のスタジオでラップトップを取り出し、音響セッションを始めるのであった。
当時、徹底した個の消滅と無機質な電子音楽、そして即興が支配的だったなか、二人は完全な静寂と美しきメロディ、それが意味するものは、現代社会からの個人の解放、バタイユ的な蕩尽、それらを旗印にエレクトロニカ界に参入するものの、この戦略は完全に失敗。多くのレーベルからデモを聞いてももらえないという苦難の日々を過ごすことになった。
その中でも全く懲りずに、毎週のように録音セッションを夜通し朝まで行うという行為は、当時は完全に無駄だったのかもしれず、膨大なデータの多くはハードディスクの闇へと消えていった。しかし、この時期のセッションは、その後の活動の根幹を成していくのであった。
そんな中、『Hau』の制作に向けた転機が突然訪れる。苦難の連続に耐えきれなくなった畠山地平は八重山諸島を訪れ、南の島の大自然に触れる。そこで電子の世界と自然、精神、魂がつながっていくような感覚を得る。さらに、中沢新一の著作を通じて知ったマオリ語の「Hau」という概念が、この新たな音楽観と結びつき、ファーストアルバム『Hau』の核となっていく。
こうした暗中模索の時代を経て、遂に2007年、SPEKKよりファーストアルバム『Hau』を発表する。約5年間にわたって録音された膨大な音源から畠山が素材を選び、ミックスを行い、伊達が最後に音を加えることで完成したこの作品は、彼らが追求してきた静寂と音響美学を初めて本格的に提示した作品となった。
グリッチやクリックを基調としたエレクトロニカから、ドローンやサウンドスケープ、現代アンビエントへと音楽の重心が移り始めた過渡期でもあり、『Hau』はその変化を先取りするような作品だった。現在から振り返れば、10年後に広がっていく現代アンビエントの感覚をすでに提示していた作品ともいえる。
その音楽性は、現代アンビエント、ドローン、アヴァン・ポップ、実験音楽の境界線上に位置している。畠山地平が奏でる重層的かつ深いリバーブを纏ったエレクトリック・ギターの響きや微細な環境音のテクスチャと、伊達伯欣が構築するアコースティック楽器や電子音響の緻密なテクスチャが、まるで溶け合うように重なり合う。彼らのサウンドスケープは、ただ音を鳴らすのではなく、人が生きるとは何か、なぜ人には苦しみがあるのかといった哲学的なアプローチが特徴であり、聴き手に深い内省とリラクゼーション、あるいはある種の郷愁をもたらす。
2013年には、Opitopeが主催してきたイベントのシリーズ『Kuala Mute Geeks』の膨大なセッションの中からセレクトした、コラボレーション・コンピレーションという分かりづらい作品を発表。
Askococo、Christophe Charles、Tamaru、Christopher Willits、Taylor Deupree、Tetsuro Yasunaga、Toshimaru Nakamura、Carl Stone、Hans Reichel、Uchihashi Kazuhisa、Tagomago、Asuna、Yusuke Dateという豪華メンバーが参加した。
そのままの勢いで、2014年にはセカンドアルバム『Physis』を発表。2016年のAsuna & Opitopeの発表をもって、しばらくリリースのない停滞期に移行する。
現在もセッションは時折継続中だが、相変わらずの生産性の無さで、膨大な未編集のセッションデータだけがHDに鎮座しているという状況である。